2007年07月29日

本棚をつくってみました。

 長らくのご無沙汰です。いろいろな忙しさにかまけて更新できずにおりますが、どうぞご容赦ください。


 というわけではありませんが、私が感銘を受けたり、研究者として大きな影響を受けた書籍をご紹介いたしたく思い、本棚を作ってみました。


 もし、興味をお持ちになられた方がいらっしゃいましたら、一度、大きな本屋さんで手にとって流し読みされるとよいかと思います。


 私の問題意識とか、興味とかといったものと、皆さんのそのようなものとは必ずしも一致しないかとは思いますが、常に、(古)美術鑑賞のおもしろさを伝えたいと考えながら刺激を受けている書籍なので、どなたにとっても読んでみておもしろいと信じています。


 作ったばかりなので思いつくままに本を並べました。随時更新していきますので、共に昔の人たちの気持ちに迫っていきましょう。


 私の本棚です。http://booklog.jp/users/vinicius-pauro
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2006年12月12日

若冲のタイル絵に意味はあるのか!

 先日、明治学院大の山下裕二先生の著書を拝見しました。その中で、若冲の「鳥獣草木図屏風」について言及しておられました。その中で、なるほどなと思ったことがありましたのでお知らせします。


 ちょうど、というかそろそろ大宰府の九州国立博物館でプライスコレクション展が開催されるそうなのでちょうどいいかもしれません。詳しくはこちら。このポスターの桃色の背景、好きです。私は東京国立博物館で一度拝見しております。以前のコメントはこちらを参照してください。


 プライスコレクション展にも「鳥獣草木図屏風」は出展されるそうなので九州在住の方は是非足を運んでみてください。


 さて、「鳥獣草木図屏風」とはこちらの屏風絵です。

若沖百獣図屏風2左web.jpg 若沖百獣図屏風2右web.jpg


 この絵は銭湯のタイルを思い起こさせるような精巧な升目を丹念に彩って描かれています。東京でこの絵を見たときに、私はこの屏風に込められた宗教性を感じ取りました。


 なにも、怪しげなことを言いたいわけではなく、若冲の信仰心をその屏風絵から感覚的に感じ取ったわけであります。そんな私の感性が感じ取ったのと全く同じことを山下裕二先生もこの屏風絵を見て感じ取ったと著書の中で語っています。


 このタイル絵は実は「若冲真筆かどうか」議論の分かれる微妙な位置づけなのです。こちらで画像の比較をしていますのでご参照ください。


 確かに、二つ目の黒い像の描かれているタイル絵のクオリティがずば抜けて高いことは一目瞭然でしょう。そのほか二点は少し質が劣ります。このことを東京大学の佐藤康宏先生は「弛緩した」と表現されています。確かにそう見えます。


 一方で、山下裕二さんは真筆だとされたいようです。詳しいことは参考文献を読んでいただくこととして、その上でタイルの升目の意味について言及しておられます。


 根拠は何にも示されていませんので、アカデミックには足るものではありませんが。この八万数千もの升目を一つ一つ丹念に一つたりとも手を抜かずに描ききるということは、仏教の写経の意味をもっていると語っておられます。


 写経とは、仏教でお経を写し書きする行為のことで、(以下、三省堂「国語辞典」)「そもそもは経典を広めるために行われたが、のちには功徳のある行為とされ、供養や祈願のために行われるようになった」ことを言います。


 そもそも、タイルのような升目一つ一つを絵に描きこむことが果たして写経と同等の意味を持つのかどうか、私自身今ここで裏付ける資料を提示できなませんので、そうなんだと皆さんに断定して述べることはできません。しかし、そういわれてみれば「そうかもしれない」とは思います。


 果たして、真実はいかがなのでしょう。


 それに、こんなこともおっしゃっています。


 描かれているモチーフは南国の方の動物たち。それが、仏教の伝来してきた遠く天竺やインドを思い起こさせる。それに、一番目だって描かれている象は普賢菩薩の乗り物だし、そこには「獅子」も描かれています。獅子は文殊菩薩の乗り物です。木の上には「猿」もいて、猿は「観音猿鶴」として、観音様と共にあらわされることがあります。


 ということで、今回は若冲のタイル絵の一つの見方を提示させていただきました。アバンギャルドな若冲の精神は一体どこから来るのでしょうか。是非プライスコレクション展に足を運んでみてください。


<参考文献>
table border="0" cellspacing="0" cellpadding="5">伊藤若冲 鳥獣花木図屏風伊藤若冲 鳥獣花木図屏風
販売元 : Amazon.co.jp 本
価格 :
[タイトル] 伊藤若冲 鳥獣花木図屏風
[著者] 山下 裕二
[種類] 大型本
[発売日] 2006-10-13
[出版社] 小学館

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2006年11月13日

ブツゾウ展批評

 先日二回目の「仏像」展に行ってまいりました。


 「なぜ二回目かって?」気になりませんか?ご存知の方たくさんいると思いますが、展覧会には「展示替え」という作業があります。


 展示替えとは、いろんな作品を観てもらいたいから展示する作品を期間で区切って展示するというやり方です。いろんな思惑があるかもしれませんが、そういうタテマエだそうです。


 前期は京都・宝菩提院願徳寺の「菩薩半跏像」を後半は渡岸寺の十一面観音像のために二度行ったのです。


 さて、本題に入りましょうか。


 仏像展は第一会場と第二会場に分かれています。第一会場の方は奈良時代の仏像が展示されています。そこにあるのは「超有名どころ」の第一級品ばかりです。


 しかし、それゆえなのかどうか部外者の私には分かりませんが、思っていたほど「すごい!」という感動はありません。というのは、ただ展示してある感を強く感じました。


 おしなべて、第一会場の展示からは主催者側からのメッセージを受け取ることはできません。それは、私の勉強不足なのかも分かりませんが、しかし、少なからず私かて一般の人たちよりも専門に勉強している(これでも一応専門家です)わけですから私を標準よりも少し上と考えてみた時に、果たしてあの展示でどれだけの人が理解できたのか疑問に感じました。


 檀像といって、東南アジアに生植するビャクダンというあまり大きくはならない、しかし、いい匂いのする樹木を使って作る仏像があって、全てが一級品です。しかし、「なぜその作品を選んで展示したのか」もっとヒントを添えて欲しかった。

 その中で、一つだけ私が感動した檀像がありました。それは一体どれでしょう。
http://event.yomiuri.co.jp/2006/butsuzo/works.htm


 


 正解は左から二番目真ん中の段の「弥勒坐像」という仏像です。最初に観たときの第一印象が

 「えっ!?」

 というものでした。それは、観るまでその東大寺の弥勒仏は丈六仏だと思っていたからです。丈六とは大体人の背丈くらいある大きな仏像で、写真で観たときに、勝手にそう思い込んでいたのです。因みにタレントの小池栄子さんに似ています。


 写真ではそのものの大きさが全く分かりません。大きさで驚くのも実物を観る醍醐味のひとつだと私は思っています。山形・宝積院蔵の十一面観音が個人的には好きです。


 二部屋くらい進むといよいよ目玉である渡岸寺の十一面観音がいらっしゃいます。おばちゃんたちは「ライトがまぶしい」と文句ばっかり言っていましたが、あのくらいの光量のお蔭で、細かいところまで観ることができます。まぶしかったらまぶしくないポジションを取ればいいだけのことです。こちらが、動けばよいのです。


 第一会場の私の興味はそんなところです。次に第二会場はどうでしょう。


 むしろ、こちらの方が私は好きです。というのは、入ってすぐに、鉈彫りの仏像が九躯(?)展示されています。私たちがイメージする仏像とは少し違った感じがするかもしれません。


 因みに、鉈彫りとはすごく端折って簡単に説明すると、「仏像を彫った後に、その表面に縞々の模様を入れた仏像」のことです。少し前までは未完成の製作途中の仏像だと考えられていたそうです。


 こんなにたくさん鉈彫りの仏像が並ぶことは滅多にあることではありません。これらを比較してみると鉈彫りの模様の特徴が結構違っています。同じ鉈彫りと呼ばれているのに!


 例えば、天台寺という岩手県のお寺があります。以前、瀬戸内寂聴さんが住職をされていたことでも有名なお寺です。そこの「聖観音(しょうかんのん)」や入ってすぐに展示されている神奈川・弘明寺の「十一面観音」や岩手・藤里毘沙門堂の「でかい」毘沙門さまや神奈川・宝城坊の「薬師三尊(三躯セットです)」などは正面だけに鉈彫りが施されていて、背面には鉈彫りがされていません。神奈川・宝城坊のはうっすらと見えましたが。


 「じゃあ、何で表だけ?」と考えてしまいましたが、私にはとても分かりません。安直に考えてみると「正面しか見せないから裏はいいや」ということなのかもしれませんが、よく分かりません。


 一方で、都に近いところの鉈彫像は裏まで彫がありました。何か、思想的な背景があるのかもしれませんね。


 よく似ていたのがあって、天台寺の「聖観音」と神奈川・宝城坊の薬師三尊の中の脇侍」がよく似ているのです。坂東という意味では同じですが、距離は結構はなれています。不思議ですね。ひょっとしたら、天台寺の聖観音も、本来は薬師如来の脇侍の一躯だったのかもしれません。私の妄想だと思いますが。


 そのあとの、円空と木喰の仏像は適当に楽しんでください。強いて感想を言えば、「円空の仏像は逆さまにして振り回すと、相当な武器になる」というくらいでしょうか?木喰の仏像はおしなべてかわいらしいです。アンパンマンみたいです。これらはおそらく、現代人ウケを狙った数合わせみたいなものだと思いますので、かたちを楽しんでみてください。木喰の十二神将像は後頭部に梵字があります。後ろ側も注意してみてはいかがでしょう。


 最後に、繰り返しになりますが、私は展示全体を眺めてみて「そうだったのか!」と学芸員の方からのメッセージを受け取る作業が好きです。だから、常に考えながら展覧会全体を眺めます。

 
 まずはざっと全体を足早に眺めてみます。そして、その後にまた最初に戻って一つずつ単眼鏡でじっくりと眺めていきます。それは仏像でも絵画でも同じです。


 展示している学芸員の方が、何を「私たちに伝えようとしているのか」その知恵試しだと思っています。美術館も勉強の場所だなんて重く受け止めずに、一種の知的なテーマパークくらいの気持ちをもって皆さんも楽しんでみてはいかがでしょう。

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2006年10月14日

ピックアップ

 http://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/?1160822102


 気になった記事なのでリンクを張っておきます。


 ランドマークタワーの紹介文を引用いたしますと、

引用はじめ

 世界文化遺産に指定されている霊山の高野山・比叡山で受け継がれてきた、日本の声楽の原点声明と、世界的な照明デザイナー・石井幹子氏によるコラボレーション。総勢50人の法衣姿の僧侶が 練り歩きながら披露する「声明」と、会場全体を包み込む現代の最先端の「あかり」が、新たな芸術の 世界を作り出します。「声明」の公演中に、高野山・金剛峯寺所蔵「両界曼荼羅図」(国の重要文化財指定)がランドマークタワーへ大きく投影されます。

引用終わり


 上で、色を変えた「両界曼荼羅」は比叡山・延暦寺の手によって制作されました。その後、信長の比叡山焼き討ちにあって高野山・金剛峰寺へ疎開されたと文献にて証明されています。


 「叡山の僧侶と高野山の僧侶がコラボレーションする」っていうのはいかにも現代的な感覚で、エンターテインメントな気色が強く感じられますが、それはこのような時代ですので致し方ないことだと私は感じております。


 平安時代のことはよく分かりませんので詳しいことは述べられませんが、両者の関係上、従来あまりこのような競演は考えられないことだったのでは
ないかと思います。だからこそ「競演」とされたのでしょう。


 今回の試みはオペラのようなイベント的な要素が強いのですが、是非「両界曼荼羅」など仏画にも興味を持っていただいて、お寺に足を運んでもらえたら私としてはとても嬉しく思います。


 今回のイベントからも分かるように、仏画は本来美術品として作られたわけではないことを忘れてはなりません。作られた時代の人々の信仰の中で制作されて、信仰の中で使用されてきたのです。にわか学芸員としては当時の人々の心的世界に「美術作品」を通じて近づいていけるような展覧会を企画してみたいとつくづく思っています。
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2006年10月07日

仏像の展覧会に行って見たい?

 「近世絵画が人気がある」というのはありがちです。何でか?と考えたときにその答えは「やっぱり分かりやすい」からだと思います。見てすぐに何が描かれているのかが分かるっていうのが近世絵画の一つの特徴ではないだろうかと思います。もちろん中には例外もありますが...。


 一方であまり人気がないジャンルの一つに「仏像」が挙げられるかもしれません。近世絵画とは逆に「イカメシイ」とか「分かりにくい」というイメージがあるからでしょうか?


 そんな不安はあるんですが、しかし今秋は全国で仏像展が元気なようです。新潟県立近代美術館では新潟の仏像展が開催されますし、その展覧会図録の解説者は錚錚たるメンバーです。


 名古屋市博物館でも開催されます。


 今秋で一番私が期待しているのが東京国立博物館の特別展「仏像 一木にこめられた祈り」展です。まぁ、知っている人からすれば、落ち着くべきところに落ち着くのか...とお思いに成られるかもしれませんが、そのあたりは業容赦ください。


 こちらをご覧ください。pdfファイルなので開くのに多少時間がかかります。


 2ページと3ページに紹介されています。それらの仏像の見どころを今後紹介していけたらいいなぁと考えています。仏像の画像はコピーライトが厳しいので一々上げて紹介することはできないので、上のpdfファイルを参考にして読み進めていっていただけたらと考えています。
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2006年09月28日

風神雷神の比較のポイント!

 次に、表現の特徴について見てみましょう。宗達は肉太で柔らかな線と重厚な彩色を以って表現するのに対して、光琳は主に描線の力で表そうとしています。分かりますか?



 そのために、光琳のはねっとりとうねり、互いにからみみ合う描線が宗達のよりも強く感じられます。そのような特徴は、光琳が江戸に住んだときに、雪舟や雪村と伝わる(偽物もあったと思います)水墨画から摂取したものだろうと言われています。



 抱一はというと、その描線を忠実に写そうとしますが、好みに合わなかったのでしょうか、からみ合いを簡略化したり、うねりの線を和らげたりしています。そのため、軽妙で骨気のない表現となってあまり迫力のない風神と雷神になっている印象があります。



 今回参考にしている山根有三先生の論文のなかで、「宗達の風神雷神図は、二神の姿態や翻る天衣と裙の配色などに不可解なところが多い。」とおっしゃっています。



 裙の配色に関しては以前に面白い説を紹介しましたので、見かけの点についてここでは紹介したいと思います。以前にも紹介しましたが、宗達は風神雷神を、北野天神縁起絵巻という平安時代の絵巻物に出てくる雷神を参考にして形を作っています。



 その際には屏風絵の主題とするため、表現目的に適するために、大きな改変をくわえているそうです。たとえば、雷神の両腕や両足、風神の左腕や左脚などがそれでとくに雷神の左手は右手としか見えません。色の変更についてはこちらを見てください。



 もう一つ。宗達は雷神の天衣の裏の白色がひらひらと風神の白い風袋へ向かって飛ぶようにしていますが、後輪は雷神の天衣と風神の肉身自体がマッチするように変えています。


 
 また、宗達の雷神の翻る天衣が、上下両方とも太鼓の輪の後方を横切るのに対して、光琳の天衣は上のほうは辛うじてそのままですが、下の衣は太鼓の輪の前方を横切っています。この点は宗達と光琳の趣向をそのまま表していると見て取ることができて、大変興味深い点だと思います。つまり、宗達は空間をとくに意識して奥行きをデリケートに表現しようとしている一方で、光琳は空間にはこだわらないであくまでも平面にこだわっているようです。実際に光琳の趣向は空間よりもデザイン性にあるといえるのではないでしょうか。


 
 出光美術館へは開館時間を目指していくことをお勧めします。開館して一時間くらい立つと、鬼のようにたくさんの人が押し寄せて、入場制限が掛かるかもしれません。
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2006年09月25日

宗達・光琳・抱一を比べる。今回の展覧会の醍醐味。

では、開催期間ももう一週間を切ってしまいましたが、風神雷神図屏風を本格的に取り上げて見ましょう。抱一の絵画はあまり「謎解き」というほど深い意味は込められていないように私自身感じていますので、「見た目」という点から光を当ててみたいと思います。



まず、宗達の雷神を見てみますと、視線を下界に投げているのに対して、光琳の雷神の視線は一方の風神に投げかけられています。

宗達雷神.jpg 宗達風神.jpg


次に雲に注目してみますと、大きさや形はほぼ近いといえますが、宗達の雲は金空にふんわりと軽やかに浮かんでいるように感じられる一方で、光琳の雲は雨雲のような重量感を持っているように感じられるでしょう。

光琳風神雷神.jpg


ここまで、二人の雷神と雲を眺めてきましたが、抱一のはどうでしょう。抱一は宗達の風神雷神図を、描いた時点では見たことがなかったと言われています。彼は光琳の風神雷神図を目の前にして模作をしたそうです。



彼は、各屏風の画面を大体、四角形に改め、風神雷神の姿勢はほぼそのまま写しています。強いて言えば、光琳の雷神よりも配置を少し高く、風神を少し低くしているそうです。

抱一風神雷神左HP.jpg 抱一風神雷神右HP.jpg



この変更によって、10pくらい風神の眼の方が低く位置し、光琳のように風神と雷神が同じような高さでにらみ合うのを避けるとともに、風神の風袋の上方に金の余白を多く配したとされています。多分、わざと変更したんだと思います。江戸っ子の心意気でしょうか?



けれども、一番の変更点はというと、実はあるんです。それは雲に動きを与えたこと。光琳のギュッと集まっていた雷神の雨粒を四方へ広げて、風神の黒雲は前方と下方への激しい動きを墨線で描いています。この点は画面に視覚的に描くことを好んだ抱一の特徴がよく表れていると言われます。
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2006年09月20日

宗達・光琳・抱一三人の顔を見る。

 ちょっとした思い付きで俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一三人の風神雷神の顔を見たら面白いかもしれない。と思ったので、今回は三人の顔を並べてみようと思います。


 何か面白い発見があるか、それとも並べただけで終わるか、そこまでは私も何ともいえませんが、試しに息抜きの意味合いも込めてやってみましょう。


 順番は不同にしておきましょう。


 風神の顔

抱一風神顔.jpg 宗達風神顔.jpg 光琳風神顔.jpg

 雷神の顔

宗達雷神顔.jpg 抱一雷神顔のコピー.jpg 光琳雷神顔.jpg


 さて、どれがだれの顔か当ててみましょう。それぞれの画家の特徴を自分の中でカテゴライズしておいて、見たときに「誰の様式だ!」と特定するのも学芸員の特殊能力の一つです。ぜひ、トライしてみてください。解答は次回に掲示します。
posted by にわか at 01:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 風神雷神図屏風 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月15日

抱一の遊び心

 まずは「風神雷神図屏風」を見る前に「夏秋草図屏風」を見てみようと思います。


夏秋草図屏風左HP.jpg 夏秋草図屏風右HP.jpg


 「なぜだ??」とお思いになられた方もいらっしゃるかも分かりません。はい、この「夏秋草図屏風」は今は別々にして保管されていますが、もとは尾形光琳の描いた「風神雷神図屏風」の裏っ側に描かれていたものだそうだからです。


 もちろん抱一よりも光琳の方が遥かに前の時代の人ですから、光琳が「風神雷神図屏風」を描いたと同時にその裏っ側に描かれたというものではありません。定かな話ではありませんが、抱一の家に光琳の風神雷神図屏風があって、本物だと知ってか知らずか一体にしてしまったそうです。時空を越えたコラボレーションだったんですね。


 そして、この絵は「ただ何となく夏の草と秋の草を描いた」というものではなくって、本来の場所つまり、光琳の「風神雷神図屏風」の裏っ側に戻して鑑賞してみますと、雷神の背面に夕立の雨に打たれた夏草、風神の裏に野分(台風)の風に吹かれた秋草を描いています。


 雷神の裏に夏草です。風神の裏は秋草です。どうでしょうか。もうお分かりでしょう。抱一は雷神から夏の夕立を連想し、風神からは秋の台風を連想したことが分かりますね。しかも、金地で天空の表面に対して、抱一は裏面に銀地で地上の草を描いているのです。なんとまぁ、洒落っ気たっぷりの遊び心でしょうね。

光琳風神雷神.jpg 

夏秋草図屏風右HP.jpg 夏秋草図屏風左HP.jpg  


 どうやら、酒井抱一はこういう機知に富んだ遊び心たっぷりの人物だったと考えられているようです。画家として名が知られてからの抱一に多くの注文が依頼されるようになると、「金もほしいけど、自らあくせくすることにも気が進まない。どうしよう。そうだ、弟子にやらせてしまえ。」というように弟子の鈴木其一やその養父の鈴木蠣潭らに代筆させたりもしています。舌を「ペロッ」なんてしてる抱一の姿が目に浮かんでこないでしょうか。


 そんな、遊び心は一体どこからやってきたのでしょうか?


 おそらくそれは彼の生まれ育った環境から来ているのでしょう。何を隠そう、抱一は御殿様の家系なのです。彼自身は御殿様にはなっては居ませんが、彼の兄は御殿様です。


 そんな恵まれた環境の中で、絵画のほかに武術、能、仕舞、太鼓、連歌、茶なども行い、抱一は多趣味だったそうです。そのような環境で育ったからこそ機知に富んだ遊び心を見につけていったのだろうと思えてきます。


 しかし、そんな抱一は次第に大名の生活を堅苦しいと思うようになっていって、三十七歳のときにそれから逃れるためだけに出家をしています。なんだかこのあたりの奔放さは放蕩で名を馳せた尾形光琳に通じていると思えてなりませんね。
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2006年09月14日

風神雷神図屏風の抱一って誰?

 ご無沙汰です。伝源頼朝像を途中で放棄してしまい、誠に申し訳ございません。今後はそのようなことがないよう、十分注意を払っていきたいと思っています。


 今、出光美術館では10月1日まで三つの風神雷神図屏風が展示されています。作家は古い順で俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一です。俵屋宗達と尾形光琳については以前にも何度か紹介しておりますので、今回は酒井抱一を優先して紹介させていただきます。


 俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一と並べてみると知名度に劣るのが酒井抱一ではないでしょうか。この人は「さかいほういつ」と呼ぶそうです。この「抱一」というのは出家した後の名前だそうで、それ以前の名前は忘れました。


 さて、今回の紹介では抱一の風神雷神図屏風ももちろんのこと、「月に秋草図屏風」「夏秋草屏風」「四季花鳥図屏風」という抱一の代表作についても少し触れながら話を進めていきたいと思っています。そうしながら、光琳と抱一の絵画に表れてくる違いを比較してみたいと思っています。そうすることでこのサイトを訪れてくれる皆さんと「へ〜」とか「アは」とかいうような発見が出来たらなぁと思っています。


 図は次回提示いたします。どんな絵なのか想像してみてください。では次回をお楽しみにしておいてください。
posted by にわか at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 風神雷神図屏風 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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