2006年09月28日

風神雷神の比較のポイント!

 次に、表現の特徴について見てみましょう。宗達は肉太で柔らかな線と重厚な彩色を以って表現するのに対して、光琳は主に描線の力で表そうとしています。分かりますか?



 そのために、光琳のはねっとりとうねり、互いにからみみ合う描線が宗達のよりも強く感じられます。そのような特徴は、光琳が江戸に住んだときに、雪舟や雪村と伝わる(偽物もあったと思います)水墨画から摂取したものだろうと言われています。



 抱一はというと、その描線を忠実に写そうとしますが、好みに合わなかったのでしょうか、からみ合いを簡略化したり、うねりの線を和らげたりしています。そのため、軽妙で骨気のない表現となってあまり迫力のない風神と雷神になっている印象があります。



 今回参考にしている山根有三先生の論文のなかで、「宗達の風神雷神図は、二神の姿態や翻る天衣と裙の配色などに不可解なところが多い。」とおっしゃっています。



 裙の配色に関しては以前に面白い説を紹介しましたので、見かけの点についてここでは紹介したいと思います。以前にも紹介しましたが、宗達は風神雷神を、北野天神縁起絵巻という平安時代の絵巻物に出てくる雷神を参考にして形を作っています。



 その際には屏風絵の主題とするため、表現目的に適するために、大きな改変をくわえているそうです。たとえば、雷神の両腕や両足、風神の左腕や左脚などがそれでとくに雷神の左手は右手としか見えません。色の変更についてはこちらを見てください。



 もう一つ。宗達は雷神の天衣の裏の白色がひらひらと風神の白い風袋へ向かって飛ぶようにしていますが、後輪は雷神の天衣と風神の肉身自体がマッチするように変えています。


 
 また、宗達の雷神の翻る天衣が、上下両方とも太鼓の輪の後方を横切るのに対して、光琳の天衣は上のほうは辛うじてそのままですが、下の衣は太鼓の輪の前方を横切っています。この点は宗達と光琳の趣向をそのまま表していると見て取ることができて、大変興味深い点だと思います。つまり、宗達は空間をとくに意識して奥行きをデリケートに表現しようとしている一方で、光琳は空間にはこだわらないであくまでも平面にこだわっているようです。実際に光琳の趣向は空間よりもデザイン性にあるといえるのではないでしょうか。


 
 出光美術館へは開館時間を目指していくことをお勧めします。開館して一時間くらい立つと、鬼のようにたくさんの人が押し寄せて、入場制限が掛かるかもしれません。
posted by にわか at 11:09| Comment(0) | TrackBack(1) | 風神雷神図屏風 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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