2006年12月12日

若冲のタイル絵に意味はあるのか!

 先日、明治学院大の山下裕二先生の著書を拝見しました。その中で、若冲の「鳥獣草木図屏風」について言及しておられました。その中で、なるほどなと思ったことがありましたのでお知らせします。


 ちょうど、というかそろそろ大宰府の九州国立博物館でプライスコレクション展が開催されるそうなのでちょうどいいかもしれません。詳しくはこちら。このポスターの桃色の背景、好きです。私は東京国立博物館で一度拝見しております。以前のコメントはこちらを参照してください。


 プライスコレクション展にも「鳥獣草木図屏風」は出展されるそうなので九州在住の方は是非足を運んでみてください。


 さて、「鳥獣草木図屏風」とはこちらの屏風絵です。

若沖百獣図屏風2左web.jpg 若沖百獣図屏風2右web.jpg


 この絵は銭湯のタイルを思い起こさせるような精巧な升目を丹念に彩って描かれています。東京でこの絵を見たときに、私はこの屏風に込められた宗教性を感じ取りました。


 なにも、怪しげなことを言いたいわけではなく、若冲の信仰心をその屏風絵から感覚的に感じ取ったわけであります。そんな私の感性が感じ取ったのと全く同じことを山下裕二先生もこの屏風絵を見て感じ取ったと著書の中で語っています。


 このタイル絵は実は「若冲真筆かどうか」議論の分かれる微妙な位置づけなのです。こちらで画像の比較をしていますのでご参照ください。


 確かに、二つ目の黒い像の描かれているタイル絵のクオリティがずば抜けて高いことは一目瞭然でしょう。そのほか二点は少し質が劣ります。このことを東京大学の佐藤康宏先生は「弛緩した」と表現されています。確かにそう見えます。


 一方で、山下裕二さんは真筆だとされたいようです。詳しいことは参考文献を読んでいただくこととして、その上でタイルの升目の意味について言及しておられます。


 根拠は何にも示されていませんので、アカデミックには足るものではありませんが。この八万数千もの升目を一つ一つ丹念に一つたりとも手を抜かずに描ききるということは、仏教の写経の意味をもっていると語っておられます。


 写経とは、仏教でお経を写し書きする行為のことで、(以下、三省堂「国語辞典」)「そもそもは経典を広めるために行われたが、のちには功徳のある行為とされ、供養や祈願のために行われるようになった」ことを言います。


 そもそも、タイルのような升目一つ一つを絵に描きこむことが果たして写経と同等の意味を持つのかどうか、私自身今ここで裏付ける資料を提示できなませんので、そうなんだと皆さんに断定して述べることはできません。しかし、そういわれてみれば「そうかもしれない」とは思います。


 果たして、真実はいかがなのでしょう。


 それに、こんなこともおっしゃっています。


 描かれているモチーフは南国の方の動物たち。それが、仏教の伝来してきた遠く天竺やインドを思い起こさせる。それに、一番目だって描かれている象は普賢菩薩の乗り物だし、そこには「獅子」も描かれています。獅子は文殊菩薩の乗り物です。木の上には「猿」もいて、猿は「観音猿鶴」として、観音様と共にあらわされることがあります。


 ということで、今回は若冲のタイル絵の一つの見方を提示させていただきました。アバンギャルドな若冲の精神は一体どこから来るのでしょうか。是非プライスコレクション展に足を運んでみてください。


<参考文献>
table border="0" cellspacing="0" cellpadding="5">伊藤若冲 鳥獣花木図屏風伊藤若冲 鳥獣花木図屏風
販売元 : Amazon.co.jp 本
価格 :
[タイトル] 伊藤若冲 鳥獣花木図屏風
[著者] 山下 裕二
[種類] 大型本
[発売日] 2006-10-13
[出版社] 小学館

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posted by にわか at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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