2007年07月29日

本棚をつくってみました。

 長らくのご無沙汰です。いろいろな忙しさにかまけて更新できずにおりますが、どうぞご容赦ください。


 というわけではありませんが、私が感銘を受けたり、研究者として大きな影響を受けた書籍をご紹介いたしたく思い、本棚を作ってみました。


 もし、興味をお持ちになられた方がいらっしゃいましたら、一度、大きな本屋さんで手にとって流し読みされるとよいかと思います。


 私の問題意識とか、興味とかといったものと、皆さんのそのようなものとは必ずしも一致しないかとは思いますが、常に、(古)美術鑑賞のおもしろさを伝えたいと考えながら刺激を受けている書籍なので、どなたにとっても読んでみておもしろいと信じています。


 作ったばかりなので思いつくままに本を並べました。随時更新していきますので、共に昔の人たちの気持ちに迫っていきましょう。


 私の本棚です。http://booklog.jp/users/vinicius-pauro
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2006年12月12日

若冲のタイル絵に意味はあるのか!

 先日、明治学院大の山下裕二先生の著書を拝見しました。その中で、若冲の「鳥獣草木図屏風」について言及しておられました。その中で、なるほどなと思ったことがありましたのでお知らせします。


 ちょうど、というかそろそろ大宰府の九州国立博物館でプライスコレクション展が開催されるそうなのでちょうどいいかもしれません。詳しくはこちら。このポスターの桃色の背景、好きです。私は東京国立博物館で一度拝見しております。以前のコメントはこちらを参照してください。


 プライスコレクション展にも「鳥獣草木図屏風」は出展されるそうなので九州在住の方は是非足を運んでみてください。


 さて、「鳥獣草木図屏風」とはこちらの屏風絵です。

若沖百獣図屏風2左web.jpg 若沖百獣図屏風2右web.jpg


 この絵は銭湯のタイルを思い起こさせるような精巧な升目を丹念に彩って描かれています。東京でこの絵を見たときに、私はこの屏風に込められた宗教性を感じ取りました。


 なにも、怪しげなことを言いたいわけではなく、若冲の信仰心をその屏風絵から感覚的に感じ取ったわけであります。そんな私の感性が感じ取ったのと全く同じことを山下裕二先生もこの屏風絵を見て感じ取ったと著書の中で語っています。


 このタイル絵は実は「若冲真筆かどうか」議論の分かれる微妙な位置づけなのです。こちらで画像の比較をしていますのでご参照ください。


 確かに、二つ目の黒い像の描かれているタイル絵のクオリティがずば抜けて高いことは一目瞭然でしょう。そのほか二点は少し質が劣ります。このことを東京大学の佐藤康宏先生は「弛緩した」と表現されています。確かにそう見えます。


 一方で、山下裕二さんは真筆だとされたいようです。詳しいことは参考文献を読んでいただくこととして、その上でタイルの升目の意味について言及しておられます。


 根拠は何にも示されていませんので、アカデミックには足るものではありませんが。この八万数千もの升目を一つ一つ丹念に一つたりとも手を抜かずに描ききるということは、仏教の写経の意味をもっていると語っておられます。


 写経とは、仏教でお経を写し書きする行為のことで、(以下、三省堂「国語辞典」)「そもそもは経典を広めるために行われたが、のちには功徳のある行為とされ、供養や祈願のために行われるようになった」ことを言います。


 そもそも、タイルのような升目一つ一つを絵に描きこむことが果たして写経と同等の意味を持つのかどうか、私自身今ここで裏付ける資料を提示できなませんので、そうなんだと皆さんに断定して述べることはできません。しかし、そういわれてみれば「そうかもしれない」とは思います。


 果たして、真実はいかがなのでしょう。


 それに、こんなこともおっしゃっています。


 描かれているモチーフは南国の方の動物たち。それが、仏教の伝来してきた遠く天竺やインドを思い起こさせる。それに、一番目だって描かれている象は普賢菩薩の乗り物だし、そこには「獅子」も描かれています。獅子は文殊菩薩の乗り物です。木の上には「猿」もいて、猿は「観音猿鶴」として、観音様と共にあらわされることがあります。


 ということで、今回は若冲のタイル絵の一つの見方を提示させていただきました。アバンギャルドな若冲の精神は一体どこから来るのでしょうか。是非プライスコレクション展に足を運んでみてください。


<参考文献>
table border="0" cellspacing="0" cellpadding="5">伊藤若冲 鳥獣花木図屏風伊藤若冲 鳥獣花木図屏風
販売元 : Amazon.co.jp 本
価格 :
[タイトル] 伊藤若冲 鳥獣花木図屏風
[著者] 山下 裕二
[種類] 大型本
[発売日] 2006-10-13
[出版社] 小学館

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2006年11月13日

ブツゾウ展批評

 先日二回目の「仏像」展に行ってまいりました。


 「なぜ二回目かって?」気になりませんか?ご存知の方たくさんいると思いますが、展覧会には「展示替え」という作業があります。


 展示替えとは、いろんな作品を観てもらいたいから展示する作品を期間で区切って展示するというやり方です。いろんな思惑があるかもしれませんが、そういうタテマエだそうです。


 前期は京都・宝菩提院願徳寺の「菩薩半跏像」を後半は渡岸寺の十一面観音像のために二度行ったのです。


 さて、本題に入りましょうか。


 仏像展は第一会場と第二会場に分かれています。第一会場の方は奈良時代の仏像が展示されています。そこにあるのは「超有名どころ」の第一級品ばかりです。


 しかし、それゆえなのかどうか部外者の私には分かりませんが、思っていたほど「すごい!」という感動はありません。というのは、ただ展示してある感を強く感じました。


 おしなべて、第一会場の展示からは主催者側からのメッセージを受け取ることはできません。それは、私の勉強不足なのかも分かりませんが、しかし、少なからず私かて一般の人たちよりも専門に勉強している(これでも一応専門家です)わけですから私を標準よりも少し上と考えてみた時に、果たしてあの展示でどれだけの人が理解できたのか疑問に感じました。


 檀像といって、東南アジアに生植するビャクダンというあまり大きくはならない、しかし、いい匂いのする樹木を使って作る仏像があって、全てが一級品です。しかし、「なぜその作品を選んで展示したのか」もっとヒントを添えて欲しかった。

 その中で、一つだけ私が感動した檀像がありました。それは一体どれでしょう。
http://event.yomiuri.co.jp/2006/butsuzo/works.htm


 


 正解は左から二番目真ん中の段の「弥勒坐像」という仏像です。最初に観たときの第一印象が

 「えっ!?」

 というものでした。それは、観るまでその東大寺の弥勒仏は丈六仏だと思っていたからです。丈六とは大体人の背丈くらいある大きな仏像で、写真で観たときに、勝手にそう思い込んでいたのです。因みにタレントの小池栄子さんに似ています。


 写真ではそのものの大きさが全く分かりません。大きさで驚くのも実物を観る醍醐味のひとつだと私は思っています。山形・宝積院蔵の十一面観音が個人的には好きです。


 二部屋くらい進むといよいよ目玉である渡岸寺の十一面観音がいらっしゃいます。おばちゃんたちは「ライトがまぶしい」と文句ばっかり言っていましたが、あのくらいの光量のお蔭で、細かいところまで観ることができます。まぶしかったらまぶしくないポジションを取ればいいだけのことです。こちらが、動けばよいのです。


 第一会場の私の興味はそんなところです。次に第二会場はどうでしょう。


 むしろ、こちらの方が私は好きです。というのは、入ってすぐに、鉈彫りの仏像が九躯(?)展示されています。私たちがイメージする仏像とは少し違った感じがするかもしれません。


 因みに、鉈彫りとはすごく端折って簡単に説明すると、「仏像を彫った後に、その表面に縞々の模様を入れた仏像」のことです。少し前までは未完成の製作途中の仏像だと考えられていたそうです。


 こんなにたくさん鉈彫りの仏像が並ぶことは滅多にあることではありません。これらを比較してみると鉈彫りの模様の特徴が結構違っています。同じ鉈彫りと呼ばれているのに!


 例えば、天台寺という岩手県のお寺があります。以前、瀬戸内寂聴さんが住職をされていたことでも有名なお寺です。そこの「聖観音(しょうかんのん)」や入ってすぐに展示されている神奈川・弘明寺の「十一面観音」や岩手・藤里毘沙門堂の「でかい」毘沙門さまや神奈川・宝城坊の「薬師三尊(三躯セットです)」などは正面だけに鉈彫りが施されていて、背面には鉈彫りがされていません。神奈川・宝城坊のはうっすらと見えましたが。


 「じゃあ、何で表だけ?」と考えてしまいましたが、私にはとても分かりません。安直に考えてみると「正面しか見せないから裏はいいや」ということなのかもしれませんが、よく分かりません。


 一方で、都に近いところの鉈彫像は裏まで彫がありました。何か、思想的な背景があるのかもしれませんね。


 よく似ていたのがあって、天台寺の「聖観音」と神奈川・宝城坊の薬師三尊の中の脇侍」がよく似ているのです。坂東という意味では同じですが、距離は結構はなれています。不思議ですね。ひょっとしたら、天台寺の聖観音も、本来は薬師如来の脇侍の一躯だったのかもしれません。私の妄想だと思いますが。


 そのあとの、円空と木喰の仏像は適当に楽しんでください。強いて感想を言えば、「円空の仏像は逆さまにして振り回すと、相当な武器になる」というくらいでしょうか?木喰の仏像はおしなべてかわいらしいです。アンパンマンみたいです。これらはおそらく、現代人ウケを狙った数合わせみたいなものだと思いますので、かたちを楽しんでみてください。木喰の十二神将像は後頭部に梵字があります。後ろ側も注意してみてはいかがでしょう。


 最後に、繰り返しになりますが、私は展示全体を眺めてみて「そうだったのか!」と学芸員の方からのメッセージを受け取る作業が好きです。だから、常に考えながら展覧会全体を眺めます。

 
 まずはざっと全体を足早に眺めてみます。そして、その後にまた最初に戻って一つずつ単眼鏡でじっくりと眺めていきます。それは仏像でも絵画でも同じです。


 展示している学芸員の方が、何を「私たちに伝えようとしているのか」その知恵試しだと思っています。美術館も勉強の場所だなんて重く受け止めずに、一種の知的なテーマパークくらいの気持ちをもって皆さんも楽しんでみてはいかがでしょう。

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2006年10月07日

仏像の展覧会に行って見たい?

 「近世絵画が人気がある」というのはありがちです。何でか?と考えたときにその答えは「やっぱり分かりやすい」からだと思います。見てすぐに何が描かれているのかが分かるっていうのが近世絵画の一つの特徴ではないだろうかと思います。もちろん中には例外もありますが...。


 一方であまり人気がないジャンルの一つに「仏像」が挙げられるかもしれません。近世絵画とは逆に「イカメシイ」とか「分かりにくい」というイメージがあるからでしょうか?


 そんな不安はあるんですが、しかし今秋は全国で仏像展が元気なようです。新潟県立近代美術館では新潟の仏像展が開催されますし、その展覧会図録の解説者は錚錚たるメンバーです。


 名古屋市博物館でも開催されます。


 今秋で一番私が期待しているのが東京国立博物館の特別展「仏像 一木にこめられた祈り」展です。まぁ、知っている人からすれば、落ち着くべきところに落ち着くのか...とお思いに成られるかもしれませんが、そのあたりは業容赦ください。


 こちらをご覧ください。pdfファイルなので開くのに多少時間がかかります。


 2ページと3ページに紹介されています。それらの仏像の見どころを今後紹介していけたらいいなぁと考えています。仏像の画像はコピーライトが厳しいので一々上げて紹介することはできないので、上のpdfファイルを参考にして読み進めていっていただけたらと考えています。
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2006年04月19日

うわぁ、カラスがいっぱい。

 根津美術館では「燕子花図と藤花図」という展覧会が開催されています。燕子花図は尾形光琳、藤花図は丸山応挙。燕子花図は国宝です。私は何度も見ているのですが、やはり別格です。鮮やかな緑色は当時光琳にしか出せなかった色だそうです。

 今回は燕子花図はそんなところにしておいて、燕子花図について詳しくは絵画の見方のコーナーに記してあるのでよかったら読んでいってください。

 で今回、書きたくて書きたくて仕方がないのが作者不明(分かっていたらごめんなさい)の「烏図屏風」です。

IMG_1169.jpg

 上の図は二隻(一双)ある屏風のうちの右側です。なんでこんなところに烏の絵なんかがあるのだろう。入った瞬間私はそう思いました。

 だって、入ってすぐ吉野瀧田図があって、夏草図があって、蹴鞠図、麝香(猫とかイタチとか)図、藤花図など、美しかったり、まぁ有りかなと思うような絵の中に、デンと鑑賞する広場を挟んで燕子花図と向かい合ったところに展示されているのです。

 ん〜。と、しばし見入ってしまう...



 何羽いるのだろう?






 なぜこんなにたくさん?





 なぜ?なぜ?なぜ?







 と、いう風にいろんなことを考えてしまいました。よく見ていますと確かに琳派の仲間に入れてもよいのかもしれないな。とか思ってきたりしてきます。

 「向かい」といって遥か向こうですが燕子花図屏風と見比べてみてください。どういう印象を抱きますか?この後のことはここでは説明しません。実際に見て燕子花図と似ている点を発見してください。その似ている点に気づいたとき、また、ここにコメントを残していただけたら私はうれしいです。

 image07.jpg

 燕子花図ではありませんが、上の俵屋宗達「鶴図」に似ていると思いませんか?俵屋宗達は実際のところ琳派の祖と言われることもあります。琳派の「琳」は尾形光琳の「琳」ですが、風神雷神図屏風で分かるように俵屋宗達を学んでいます。往々にして琳派の画家は「師弟」の関係ではなく、自主的に学ぶことでつながっています。狩野派とはかなり性格を異にしています。

 ですから、鶴図に似ていると思えば、琳派といえるのではないかな?と私は思ったわけです。たぶん、これは私の意見に過ぎないと思いますのでそのあたりはご容赦を。如何せん琳派の専門家ではありませんので間違っているかも分かりません。

 で、最後にですが、この烏図の中にカラスは何羽いるのでしょうか?数えてみてください。答えは私もよく分かりません。烏の群像が描かれていますが、何羽そこに重なっているのかよく分からないのです。これは中国の「鶉図」という三羽鶉がいるのに頭は二羽分、体は二羽分、足も二羽分だけれど、確かに三羽いることが分かるといった「騙し絵」的な香りも感じられます。

 さらに、地面にいるカラスになんか違和感があるなと思いました。なぜでしょう。それは会場でじっくりと眺めてみてください。おもしろい発見があるハズです。

 この絵を描いた人、注文した人かも分かりませんが私はかなりの遊び心を感じます。烏は何で?当時は嫌われていなかったの?嫌われていた烏だけど、それでわざわざ描いたの?こんな疑問も出てきたりして、ん?ん?ん?なんて。おもしろいですね。

 ぜひ、根津美術館に見に出かけてください。そして、ここにその感想を書き込んでください。ちなみに4月26日でアメリカのシアトル美術館かどこかに行ってしまうそうなので、それまでに見に行ってください。

 ではまた下の広告を押していってください。

  
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2006年04月17日

知る人ぞ知る名品

 東京国立博物館へお出かけの際は是非本館の常設展示室を訪問してください。そこの第十室には浮世絵の展示室があります。そこの中央には窪俊満という人の「夜景内外の図」という作品版画が展示されています。

 窪俊満という人名なんて聞いたことないですよね。私も恥ずかしながらしりませんでした。

 その作品は江戸の18世紀の作品だそうです。三枚の版画を組み合わせて一つの画面を作っています。なんで三枚かというと、Kentという紙の企画が定着し、それ以外の大きさの紙で版画をすると高くついてしまうからだそうです。「見当違い」はここから来ているという説もあるそうです。実際のところはよく知りませんが。

 この作品は12段階の版で作られているそうです。よく作品を眺めてください。黒一色ではなくって、黒色でも少しずつトーンが違っています。左下の建物の前に置いてある灯篭のようなものから光が出ています。

 その光に照らされて、女の人(だったと思います)の足元が少し明るくなっています。木の木目の表現も繊細です。女性の顔や表情も他の作品と比べて繊細です。

 こんなところにしておきましょう。細かいことは忘れてしまいました。余に圧倒されてメモを取り忘れてしまうという失態をしでかしましたので、ご容赦を。

 そのほかにも浮世絵の部屋には鈴木春信筆「三十六歌仙・在原業平朝臣」があります。この頃の春信作品は別格だそうです。顔が違うということです。左隣の春信の作品の顔とくらべてみてください。なんと「三十六歌仙・在原業平朝臣」の手の込んでいることでしょう。それはパトロンがしっかりしていたためだそうです。

 部屋に入って右奥にも窪俊満の「群蝶画譜」があります。これも蝶の羽に金が注してあったり、左下の青白っぽい蝶のその下には薄く銀が張ってあったりとよくよくよく見ないと分からないところまで手を込んでいるという周到さです。

 後は、尾形光琳の「風神雷神図屏風」も出ていますし、絶対行って損はありません。改めて東京国立博物館のキャパシティーのでかさを感じました。

 単眼鏡を持っていくと細かいところまで拡大して見ることができるので便利だと思います。また下の広告を押してご協力をお願いいたします。

  
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2006年03月06日

「九州から見た雪舟」福岡市美術館―なぜ九州で雪舟か(2)

 ご無沙汰です。惰性に任せて、サボっておりました。

 「九州から見た雪舟」福岡市美術館について、とっても重要なことを扱うことを忘れていました。いまさらながら、「なぜ、九州で雪舟か」

 水墨画といえば室町時代。ということになりますが―もちろん雪舟も室町時代です―室町時代は室町幕府で中心は京都。だから、雪舟も京都。というわけにはいきません。先回も軽く触れたと思いますが。

 雪舟は40歳前後で今の山口県に移住しています。それはなぜか。まだよく分かっていませんが、かいつまんで紹介させてもらいますと、雪舟の家柄はそれほど高い家柄ではなかったため、血統主義だった京都の寺院では出世が望めなかったために、地方へと去っていった。という説と、今の山口県あたりを納めていた大名は大内氏というとっても力を持っていた大名で、京都にあこがれていたその大名は京都の文化を自分の領地にも根付かせようとした。そのため、京都で絵を得意としていた雪舟をその一環として招聘した。という二説が有力です。

 私は後者を支持しています。

 というのは、山口県の旧香積寺伝来の「維摩図」が伝承されていて、本格的な仏画でとっても大きいことから、雪舟はお寺の仏事を行う絵を描く専門画家として、大内氏に頼まれて山口県に下ったのではないかと思うからです。

 そして、応仁の乱の頃に、中国に渡っています。何のために中国に渡ったのかは少し不明なところですが、かなり絵を勉強したことは間違いないでしょう。先回紹介しました拙宗と帰国後の雪舟の絵を見比べると劇的な上達がうかがえます。

 雪舟は中国に渡るまでに二年ほど山口県で待っています。いろんないざこざがあったために、出発が遅れたのでしょう。そのときに、九州に行っていたのではないでしょうか。

 帰国後に行っていたのかもしれませんが、確かに雪舟の伝来を持つ九州にまつわる絵が伝わっています。たとえば、鎮田瀑図 (図は現地案内図より転載)は大分県の有名な滝です。

chinda33.jpg

ただ、この図は狩野常信の写しではないでしょうか。現物は今は焼けてなくなっています。

 また、雪舟の弟子では秋月という雪舟の弟子の中で三本の指に入る画家も九州の鹿児島の出身だそうです。今回の展覧会ではなぜか取り上げられていないので残念ながら観えませんが、絵は弟子のなかで雪舟にもっとも近いようです。ただ、雪舟ほどの迫力はありません。

 雪舟の迫力ってどこから来るんでしょうね。筆のスピードかもしれません。筆を早く動かして書くと、躍動感のある絵になります。筆をゆっくりと動かすと動きのない感じが表れてきます。

 それが最もよく比較できるのが雪舟の「慧可断臂図」かもしれません。

(図1)雪舟慧可断臂図.jpg

 はい、奥の白いおっさんが「達磨さんが転んだ」で有名な達磨さんです。手前の腕をちょん切って泣きそうになっているおっさんが達磨さんの弟子の慧可という人です。

 達磨さんの輪郭はすごく丁寧にゆっくりとした線で描かれています、もっといえば、達磨さんの線の外側はなぜかうっすらとぼやを描きこんでいます。隈というやつでしょうか。

 一方で、背後の岩はとってもスピーディーにリズミカルな線で描かれています。この筆のスピードは明らかにわざと変えているはずです。なぜこのようなスピードの変化をつけたのかは分かりません。調査中です。

 ちなみに、「慧可断臂図」も展示されません。ごめんなさい。関係ない絵ばかりあげてしまって。

 今回の展覧会は弟子の作品が多いです。雪舟の弟子の達磨の作品が2点でているので、参考にするとよいかもしれません。慧可断臂図の達磨とはかなり違うと思いますが。

 作品の出品リストを一見すると、道釈・人物画というジャンルに類する作品が目立ちます。つまり、九州や山口での雪舟の道釈人物画家としての一面を見てくださいということでしょう。ちなみに雪舟は山水画家として有名です。

 でも、実は雪舟の道釈・人物画は意外と多かったのではないかと最近考えられてきています。そんな一面を九州で絵を見ながら考えてみてはいかがでしょう。

 

 ではまた、スポンサーの広告をクリックしていってください。

    
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2006年02月26日

「九州から見た雪舟」福岡市美術館―雪舟と拙宗(1)

拙宗山水.jpg 雪舟 四季山水図春.jpg 周文山水図.jpg

 さて、どれが「雪舟」筆の絵画でしょう?






 正解は真ん中の絵です。これは雪舟の「四季山水図春景」と呼ばれています。典型的な雪舟図といってもよいのではないでしょうか。この絵はよく中国的と言われますが、手前の岩の感じなんかは雪舟感がよく表れているような気がします。

 「雪舟」の絵は真ん中ですが、実はこの3つの絵画には関連があります。

 向かって左の図が拙宗の「山水図」と呼ばれる絵です。右の図が周文の「山水図」と呼ばれる絵です。

 さて、「拙宗」なんと読みますか?

 「セッソウ?」「セッシュウ?」

 はい。「セッシュウ」と読んだときに「おや!?」と思いましたね。「セッシュウ」=「雪舟」だと発想されたと思います。じゃあ、「拙宗」って?

 現在では中世水墨画の研究者の多くは「雪舟」=「拙宗」だと認識されています。みなさんの直感は今のところ正解というわけです。

 では、なぜ漢字が違うのでしょうか?

 そもそも、雪舟が「雪舟」と名乗り始めたのは雪舟が40歳を過ぎた頃なのです。「雪舟二大字説」として、その由来は知られています。詳しいことはここでは知らなくても不便はないので端折りますが、興味がある方は検索をしてみたらいかがでしょう。まぁ、そんな程度です。

 そして、それ以前は雪舟は「拙宗」と名乗っていた。というのが現在の一般的な認識となっています。つまり、「拙宗」は「雪舟」の全身ということになりますね。

拙宗山水.jpg 周文山水図.jpg

 左は上に挙げました拙宗「山水図」で、右は伝周文「山水図」です。拙宗の岩にへばりつくような幹を屈曲させて立つ樹木や葉の形とか、幹を真直ぐにする樹木と林の形などは雪舟敵と言えるのではないでしょうか。その真直ぐの樹木をみるとときどき、長谷川等伯の松林図を思い浮かべてしまうのですが、私だけでしょうか。

 右の伝周文「山水図」ですが、実は周文の絵は「これは確実」といえるのがありません。絶対数がなかったり、歴史の中で周文という名前が雪舟と並んで、いや、それ以上に大きかったためだったりするのがその理由だと思います。

 けれども、雪舟は周文を師としてリスペクトしていたことは史料でわかっていますから、リスペクトしているのなら、周文の絵画を勉強しているわけだし、もちろん、雪舟(拙宗)の絵画の中にも周文の特徴が少なからず現れてくるはずです。

 拙宗の「山水図」には楼閣を載せる頂の大きい岩山が表されています。その岩山の形はいかに示します周文の岩山に似ています。

 Shubun_-_reading_in_a_bamboo_studio.jpg

 どうですか?

 一方で、筆法は強化され、水墨の量も増し、岩谷樹木の形態、屈曲には雪舟の鋭さが加わっています。

 今回は雪舟と拙宗つながり、拙宗と周文の関係を見てみました。実物を見るのが一番刺激を受けると思います。こんな風に一つ一つの形の特徴とか系譜を頭に入れながら絵画を見てみると、「ぼんやり」と見てきた水墨画もおもしろく見えてくるのかもしれません。

 ちなみに、福岡市美術館はこちらです。

 トリノオリンピックでは荒川さんが金を取りましたね。上位三選手の動きはやはり華がありました。村主さんの演技はもちろんよかったですが、やっぱり、上位三選手よりは一歩後退していたと思います。美しいさを見ることは美術だけに限らず、我々の感性によい刺激を与えてくれますね。

 いろんな「美しさ」を楽しみながら豊かな感性を磨いていきましょう。

 今回も下の広告をクリックして、私の活動を応援してください。







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2006年02月19日

雪舟について

雪舟 天橋立図.jpg

雪舟筆「天橋立図」京都国立博物館蔵

 雪舟はすごく有名な画家でいろんな研究がされています。

 たとえば雪舟の出自や住んでいたところ、師匠がだれで、中国で絵画を勉強したことなどたくさんのことが知られています。けれども、そのほとんどが「たぶん...」ということなのです。

 「それが本当かどうか」はまだだれも分かっていません。「確かにそうだ。100%そうだ」とは永遠に言えないとは思いますが、10人の人がその話を聞いて10人の人が「確かにそうかも知れないな」と思うような説を世に生み出していくというのが我々のアカデミックに研究している者の使命だと思っています。

 「何が言いたいのか」というと、確かに「前提」とされている、つまり「常識」と考えられている事柄は大変たくさんあります。けれども、その「前提」は確かなものか。そのあたりから疑って自分の足で調べてみる。そんなことが実は非常に重要なことで、考えることの根本なんでしょうね。何でもそうだと思います。

 したがって、これまで考えられてきた雪舟像について、一考してみたいと思っています。

 まずは「拙宗と雪舟について」考えてみるとしましょう。「拙宗」ってご存知ですか?一般には知られてないかも分かりませんが、我々の世界では超有名事項となっています。

 そんな話から次回はじめてみたいと思っています。もちろん「絵画」を中心として取り上げてみるつもりですのでまた是非付き合ってやってください。

 今日はイントロダクション風(イントロダクションにもなっていませんが...汗)になってしまいましたが、声援のクリックをして帰ってください。

IMAGE
  
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2006年01月23日

絵画の見方。―残りまとめて。

 「画題を読む」。

 一つの「かたち」がいくつか集まって一つの絵画を作ります。それらの「かたち」を読み解くことで、そこに描かれているものは「何を表しているのか」が詳しく分かることがあります。

 「時代を読む」。

 絵画の中にはその時代の信仰や流行の特徴が表されていることが多いと言えます。そこに「何が表されているのか」から、その絵画の描かれた当時はその絵画をどんな思いで見ていたのか分かるかもしれません。浮世絵は江戸時代の民衆の暮らしが豊かになって生まれたという時代の芸術ですし、水墨画は鎌倉、室町の僧侶が得意としていた芸術です。狩野永徳とか山楽とかいった狩野派の絵画も時代とはきっても切り離せない関係にあると言えるでしょう。

 今まで、何日かかけて見てきたように、絵画の中にはさまざまなメッセージが込められていることがあります。それらはその時代の人々の生活に根ざしたものであったでしょう。

 いま「私」の目の前にある絵画が時代を超えて伝えようとしているもの―モチーフや表現方法、当時の人々のいきづかいなど―を深く探りながら、画面に見え隠れしている絵画の「かたち」一つ一つの意味を読み取れるようになると一層美術を見ることが楽しくなるのではないでしょうか。

 ただ、色やかたちの美しさを眺める―近代的な見方―だけではせっかくの名品がもったいないと私は思えてなりません。次にいつその名品に会えるのか分からないのですから。

 次からは、尾形光琳筆「紅白梅図屏風」(国宝)について見ていきましょう。

 1月27日から静岡熱海のMOA美術館で展示されます。名品ですので是非出かけてみてくださいね。

 MOA美術館はこちら

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