2006年07月29日

若冲展のタイル絵は若冲の絵か?

 まずは東京国立博物館で現在展示されています「鳥獣草花図屏風」いわゆるタイル絵をご覧ください。

若沖百獣図屏風2左web.jpg

           若沖百獣図屏風2右web.jpg

 
 次に、若冲だと確定しているタイル絵をご覧ください。

若沖白象群獣図web用.jpg


 次に少し怪しいか?というタイル絵をご覧ください。

若沖百鳥図屏風左web.jpg若沖百鳥図屏風右web.jpg

若沖百獣図屏風右left.jpg若沖百獣図屏風右right.jpg

 いかがでしょう?こちらの手違いで、画像がおかしくなってしまいました。ごめんなさい。

 
 さて、みなさんはすべて、若冲の絵だと思いますか?比較してみてください。


 私は先日、タイル絵を見たときは「この執拗さは若冲だ!」と思いましたが、こう比較してみると少しというか、かなり考え込んでしまいます。


 というのは、「この執拗さ」は「タイル絵が一つしかない」と思っていたからこそ、そう思ったのです。「この発想は若冲しかできない。」と。けれども、このようにいくつもタイル絵が出てきますと、誰かが「若冲のタイル絵を真似て描いた」と考えることが可能になるのです。


 みなさんはどう思いますか?ご意見、ご感想をお待ちしています。みなさんの意見が聞きたいな。
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2006年07月24日

若冲展覧会評

 今回はインテリゲンチャ風の文体で書かせてもらいます。たまにはいいでしょ?


 先日伊藤若冲の絵画を見に行った。若冲といえば江戸18世紀を代表する日本画家。ちょうど江戸絵画の巨匠、尾形光琳と入れ違いになって京都に生まれた。


 JR東京駅に降り立ち、丸の内北口に向かう。宮内庁三の丸尚蔵館に行くためにはここがいい。他にも乗り継げば近い駅はあるが、面倒臭かったためにここからの出発にした。三の丸尚蔵館は東京駅丸の内北口を背に真直ぐ10分位歩いたところにある。


 今ここの展示作品は尾形光琳にあこがれて独学で光琳を学んだ酒井抱一という江戸時代19世紀の画家の絵と、伊藤若冲の動植綵絵というのが展示されている。 他にも他作家の展示品があるけれど、それはたいしたことない様に思われた。


若冲鳳凰.jpg 


 この若冲の絵が今の時期の展覧会の見どころのひとつ。手塚治虫の火の鳥に出てきそうな陰気な目をした鳳凰が描かれていたり、若冲得意の鶏が描かれていたり、水辺の生き物や海中の生き物だったりと確か6点が展示されていた。


 伊藤若冲の動植綵絵シリーズは確か30点くらいあったような気がするけれど、嘘かもしれない。この点に関しては自信がない。ただ、連作のシリーズであることは確かでこの一連のシリーズは若冲が京都の相国寺の仏教信者でお布施として寄附した作品だと聞いている。


 この絵の細部を見ていると、若冲の仏教に対する真摯な姿勢が全ての部分に手を抜かないという質の高さから十分に感じられた。そう、この絵の見どころとは、全体のバランスもさるものながら、細部の細やかさもそのひとつ。一本一本の細い線が大変デリケートで私のような凡人にはとても描けそうにない習熟したせんで、若冲の特徴である執拗さも現れている。できれば単眼鏡を自賛してガラスケース越しに細部を拡大して、なめるように全体を見ていただきたい。


若冲鶏.jpg


 たとえば、鶏の毛並み。一本一本の羽根の毛が丁寧に描かれていて鶏の羽根の質感がとっても心地よくこちらに伝わってくる。それは羽根のやわらかさとかツヤとかいったもの。実際に鶏の羽根がそうなのかは知らないけれど。

 
 その後に、上野の東京国立博物館に移動。昼食も食べずに夕方まで江戸時代のアバンギャルダーの絵画を鑑賞した。例えば長澤芦雪、曽我蕭白、円山一派、伊藤若冲。彼らの絵画は細部まで手を抜かず、なおかつ、遊び心も感じられる。まさにアバンギャルドで芸術の先駆者と言った感じがした。彼らの感覚はモダンアートの中においても新鮮さを失わないように思われる。


 若冲のタイル絵と呼ばれている屏風絵がそこにはあって、ひとつの見どころといってもよい。屏風の上はもちろん紙である。しかし、そこには何故かタイルが貼ってある。


 実際はそんなことはないけれど、隣で観ていたの中年の女性はタイルだと思っていた。そのくらいタイルを屏風に貼り付けたように見えて、だまし絵のようだった。その中のキャラクター一つ一つは子供向けの絵本に登場するような愛らしさがあって面白い。私はこの屏風を眺めていて、若冲の絵画は仏教的に十分に説明できると確信した。


 図を挙げないで説明するのも気が引けるけれど、少し紹介させてもらうと、右隻の左から三曲目には龍と獅子を足して二で割ったような現実にはいないと思われる動物が描かれている。その上のほうには黙渓の観音猿鶴図に描かれるような猿が描かれていて、そのかたちは仏教的な猿のかたちを継承している。右から二曲目(?)の象も仏教では普賢菩薩の乗り物になる。左隻に目を遣ると、左から二か三曲目に鳳凰か孔雀(たぶん鳳凰だと思う)がいる。鳳凰だとしたら、こちらも空想上の生き物だということになる。そして、中央部の連なる一連の鳥の群れは、正倉院の琵琶のカンパチ部分に描かれる、遠山に向かって飛んでいく雁の群れを想起させる。

 
 ざっと挙げただけでもこれだけの仏教との関連を指摘できる。あくまでも、私の思いつきなので反論はたくさん出ると思うけれど。


 展覧会の全体を眺めてみると、やっぱり、東博の特別展も細部の面白さが際立った。たとえば、入ってすぐ向かって左側に展示されている一群の掛け軸、らくだとか虎とか猿とかがある。その一連の掛け軸群の中で、猿の絵が二つ並んでいる。その右側の絵なんかはよく細部まで眺めてみると、手前の猿が右手に何かを掴んでいる。そのことが分かると、獲物に向けられた猿の視線を感じられる。そして、その獲物を睨みつける猿にも表情がある。その後ろにいる猿も同じような表情がある。


 こうやって、細部を眺めているとハッとするような発見が少なくない。絵を鑑賞する時の私の醍醐味の、ひとつの楽しみになっている。作者との対話、作品との対話そんな風に思っている。そんなことは私の勝手だけど。

 
 そして、若冲展を出ると先にはもうひとつブースが続いている。琳派展だった。この琳派展では照明を変化させることによって屏風の見え方が変わるという面白い展示だった。


 たとえば、光が強いときには屏風全体がフラットな見え方をする。逆に光が弱くなっていけば屏風の印象に深みが増す。つまり、奥行きが出て、立体的に見えてくる。


 この、魅せ方のアイディアは私にはアバンギャルド的に思われた。目からウロコが落ちたといった感じでとても興味深かった。


 たしかに「屏風が作られた時代―江戸時代―にはこういう見え方をしていたんだろう。」と思った。朝起きた時の屏風の見え方。お昼の明るい時の屏風の見え方。それから昼下がり、夕方へと変化していく明るさの中で実際に屏風を使う場面に即した、本来の屏風絵の見え方だと思った。


 美術は美術館で。という固定観念から一定のライトに照らされた作品が当然の美術だと思ってきたわけだが、それは近代的な発想であったのだとハッとさせられる。私にはそんな新しい発見だった。


 光のイリュージョンでいろんな見え方を鑑賞者に見せるという今回の試みは、今後展覧会で主流になっていくと私は勘繰っている。そのくらい今回の光の効果的な利用というのは魅力的な試みだと感じた。学芸員の方の遊び心を感じて、見習うべきだと思った。


 私はアバンギャルドな学芸員にはあこがれる。学芸員は研究もしなければならない。そして、美術史の中で語り合っている研究の中から、出来るだけ本質的なものを取捨選択して、社会に還元していかなければならない。


 学芸員とはそういう仕事だと最近思うようになった。その努力をしなければ、美術は「崇高」なものとして崇められて、どんどんと人々からは遠い存在になっていく。


 だから、そんなことにはならないように努力しなければならない。そんな仕事をしてみたいと思った。
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2006年07月16日

伊藤若冲のお話の続き。

 そういえば、若冲のお話が途中になっていましたので、若冲の続きを語らせてもらいます。


 今回は先回の若冲のお話で私自身消化不良を起こしてしまった、若冲の造形感覚についてもう一度考えてみたいと思います。


 その点について、先回は


 「例えば、上の図なんかはニワトリのリアルさに加えて、若冲独特といえると思いますが、図を立体的に処理しないという点。つまり、立体的な構成を捨てている点なんかはらしいといえます。


 奥行き感なんかは観るとありそうに思えますが、そうなんです。上手くいえませんが、立体感というかデザイン的な処理の力が強すぎるというか...わかっていただけるでしょうか?」


 と表現しました。この私の舌っ足らずな文章を補完説明してくれる文献の引用をもってもう一度説明させていただきたい。


 今回参考にする文献は近世美術史研究者のバイブルと言っても過言ではない、辻惟雄著「奇想系譜 又兵衛―国芳」ちくま書房

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[タイトル] 奇想の系譜
[著者] 辻 惟雄
[種類] 文庫
[発売日] 2004-09-09
[出版社] 筑摩書房

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 詳しくはリンクを貼っておきましたので、リンク先のレビューでも呼んで参考にしてください。ちなみに、一つ目の岩佐又兵衛のお話は大変面白いと思います。絵自体も偏屈な人物描写がコミュカルナ感覚を想起させてきます。


 そんなことは、今回は割愛させてもらって、早速、本題に入りましょう。


 上の辻惟雄先生の言葉を借りると、


 「(前略)だが、応挙が、動植物図鑑の挿図画家を思わせる几帳面な態度で、それらの形状の精密なコピーに腐心しているのにくらべ、「池辺群虫図」に描かれている<虫の楽園>には、ユーモアとグロテスクのカクテルされた、なんとも不思議な表情があるし、「貝甲図」を見ると、貝殻のかたちや色の幻想的な美しさをとらえている。これほど鋭敏な触覚を応挙を含めた当時の他の画家が持ち合わせていたとは考えられない。とくに、「貝甲図」の画面で、波打ち際に這う波頭の、軟体動物かアミーバの触手のような生き物めいた表情に注目していただきたい。シュルレアリスムの作品を連想させるような、この驚くべきイメージは、全く若冲のオリジナリティに属するものなのだ。


(中略)五色の羽のきらびやかな美しさを誇るこれら外国種の鑑賞用ニワトリやシャモを、若冲は自宅の庭に飼って執拗に鑑賞し、写生したわけだが、鶏の専門学者にいわせると、各部分のプロポーションや器官のかたち、位置などが、応挙のそれにくらべてはるかに不正確であり、写生画としてはあまりよい点がつけられないそうだ。だが、そのような外形の正確な再現が若冲の<物>に即することだったろうか?たとえば山下清の貼り紙による模写で有名な「群鶏図」では抽象模様に置きかえられた羽根のパターンの幻想的な交響と、その間にちりばめられたトサカの、赤い妖星を想わせるフォルムの反復とが、製作意図のありかを示している。ピカソ描くニワトリのように、デフォルムされたドウモウな脚とクチバシを持つ。「南天雄鶏図」のシャモの異様な美しさも、彼の内的ヴィジョンの強烈さを物語るものだ。彼のいう<物>に即しての観察写生とは、結局のところ、相した固有のヴィジョンを触発させるための手段にすぎなかったのではなかろうか。若冲の写生について、『画乗要略』が、"然レドモ形似二務メズ写意ヲ貴ブ"と述べているのも、この辺りをさすのだろう。(後略)」


 と表現されています。そう、先回私が言いたかったのはこういうことなんです。


 つまり、「図を立体的に処理しないという点」というのは「実物のデフォルム化」のことで、写実的ではない妖艶さとかそういった感覚が漂うような魅惑的な感じがする」ということかもしれません。今の表現で後半部分で余計な形容詞を付け加えて自分の感覚とはずれてしまったようなきらいがあります。なんとも舌っ足らずな私には歯がゆいです。


 勉強不足ですね。もっと絵を見てプレゼンのスキルを磨かないといけないなと自省してしまいます。


 今回の辻先生の言葉を借りて大体の私の若冲の絵から得るインスピレーションは伝えられると思います。辻先生の著作からも分かるように、若冲は「奇想」のカテゴリーに入れて考えられています。それほどに、彼の表現はその時代の中で斬新で、今の我々にも新鮮に感じられるのでしょう。


 先回も同じ事を申し上げましたが、この若冲の絵画をイコノロジーで解釈できるかが、私の若冲に関しての一大関心事なのです。

 
 この問題に関してはまた、次回に後回しになってしまいましたが、いずれは、考えてみたいと思っています。もっとも、結論を見出すことまでは私自身期待しているわけではありませんが。


 図はいぬまゆさんのブログにアップされていますので、そちらをご参照ください。手抜きでごめんなさい
http://blog.livedoor.jp/inumayu/archives/50781883.html


posted by にわか at 18:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 伊藤若冲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月06日

マニア伊藤若冲は私とは合わないのか?

 ご無沙汰です。若冲について時々思考をめぐらせてここ数ヶ月経ちますが、相変わらずインスピレーションが湧いてきません。


 私の疑問その一。若冲の絵を観ていてもいつの時代なのかビビッとインスピレーションが湧いてこないのです。なぜかよく分からないのですが、たぶん、若冲のデザインセンスが近代のそして、現代の美術に通じるものがあるからなのかもしれません。


若冲ニワトリsmall.jpg

 例えば、上の図なんかはニワトリのリアルさに加えて、若冲独特といえると思いますが、図を立体的に処理しないという点。つまり、立体的な構成を捨てている点なんかはらしいといえます。


 奥行き感なんかは観るとありそうに思えますが、そうなんです。上手くいえませんが、立体感というかデザイン的な処理の力が強すぎるというか...わかっていただけるでしょうか?


 あるがままに描こうとする意思は感じられなく、徹底的に「絵」を描くことにまい進しているような気さえしてくるような絵画です。

若冲さくら.jpg

 この上の絵画なんかこれでもかこれでもかというほど徹底的に樹と枝と花がそして小鳥が描きこまれています。若冲が絵を描く「マニア」と呼ばれる由縁です。


 そして、この絵からよく感じられますが、やっぱり何か現実離れしている絵のような気がしてきます。貼り付けたような感じ...この感覚はどこから来るのか分かりませんが、観ていると何故か不思議な感覚に襲われるのです。


 ここで、少し伊藤若冲のプロフィールを紹介させていただきましょう。若冲は西暦1716年に京都の青物問屋に生を受けたそうです。おそらく尾形光琳のような境遇だったと想像できます。ちなみに光琳は若冲の生まれた年になくなっています。ちょうど入れ違いですね。


 若冲の生きた時代はどんな時代だったかというと、吉宗が1716年に暴れん坊将軍になっているような時代で、だんだんと社会に閉塞感が感じられるようになってきた時代です。そしてついに、老中松平定信の寛政の改革が1787年に始まります。


 ちなみに開国は1854年です。門外漢の私が若冲の絵を観るとこの頃のような直感がよぎるのですが、一世紀ずれていますね。なんでかなぁ...


 話は若冲に戻って、23歳のとき、父・源左衛門の死去に伴い、4代目枡屋(伊藤)源左衛門を襲名しました。そして、しばらく経ってからゴタゴタ事情が絡みまして、隠遁します。


 若冲は最初は狩野派に入門して絵の勉強をしたそうです。狩野派の手法によっていたら狩野派を越えることはできない。だから「宋元画を学ぼう」と考えて、中国の宋や元の時代の絵画を模写することを始めました。宋元画を学ぶだけでは宋元の絵画の枠を超えることはできない。現実の鳥を描こう。何がよいか。身近にいるニワトリを描こう。


 という逸話があります。だから、鳥の絵が多いんですね。


 最後に若冲の絵にはモダンな空気を感じるオイラの感覚を紹介して今日の締めにさせていただきましょう。次も、オイラの疑問その二を紹介させていただきます。


 若冲の絵画をどこまでイコノロジー(図像解釈学)的に考えてよいのか?それがよく分からないということを紹介させていただきます。今回はほとんど私の独断と偏見で記しています。批判反論があることを覚悟しています。どんどん書き込んでくださいませ。


 ちなみに今回は東京国立博物館のプライスコレクション「若冲と江戸絵画」展の勝手なタイアップ企画です。


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posted by にわか at 00:09| Comment(3) | TrackBack(0) | 伊藤若冲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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