2006年01月23日

絵画の見方。―残りまとめて。

 「画題を読む」。

 一つの「かたち」がいくつか集まって一つの絵画を作ります。それらの「かたち」を読み解くことで、そこに描かれているものは「何を表しているのか」が詳しく分かることがあります。

 「時代を読む」。

 絵画の中にはその時代の信仰や流行の特徴が表されていることが多いと言えます。そこに「何が表されているのか」から、その絵画の描かれた当時はその絵画をどんな思いで見ていたのか分かるかもしれません。浮世絵は江戸時代の民衆の暮らしが豊かになって生まれたという時代の芸術ですし、水墨画は鎌倉、室町の僧侶が得意としていた芸術です。狩野永徳とか山楽とかいった狩野派の絵画も時代とはきっても切り離せない関係にあると言えるでしょう。

 今まで、何日かかけて見てきたように、絵画の中にはさまざまなメッセージが込められていることがあります。それらはその時代の人々の生活に根ざしたものであったでしょう。

 いま「私」の目の前にある絵画が時代を超えて伝えようとしているもの―モチーフや表現方法、当時の人々のいきづかいなど―を深く探りながら、画面に見え隠れしている絵画の「かたち」一つ一つの意味を読み取れるようになると一層美術を見ることが楽しくなるのではないでしょうか。

 ただ、色やかたちの美しさを眺める―近代的な見方―だけではせっかくの名品がもったいないと私は思えてなりません。次にいつその名品に会えるのか分からないのですから。

 次からは、尾形光琳筆「紅白梅図屏風」(国宝)について見ていきましょう。

 1月27日から静岡熱海のMOA美術館で展示されます。名品ですので是非出かけてみてくださいね。

 MOA美術館はこちら

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2006年01月21日

コラム1―新しい美術史観

 今日は少し難しい話をしましょう。

 私たち「美術史」の世界では近年、かたちから意味を解釈しようとする試みが多くなされるようになってきました。このブログで私の視点をここに訪ねてくださるみなさんに紹介している内容もそのようなことを前提として成り立っていると言えます。

 ヨーロッパから芸術論が到来して以来、日本に「美術史」という学問が生まれました。近代的な進歩論を前提として「美術史」は展開してきました。そのような近代的な考えに基づいた展開は確かに多大な功績を「美術史」の学問に残しました。

 けれども、それだけでは十分ではありません。近代的な展開の一つとして、造形されたある「かたち」―たとえば、前回紹介しました「紅葉はいつから描かれ始めたか」など―がいつから作られていたのか。という「かたち」にまつわる歴史について中心に考えられてきました。

 つまり、そのような近代的な展開だけでは「なぜ、そのようなかたちで表現されたのか」という大切な問題の解決にはなっていいないからです。その成果によって当時の人々のメンタリティーに触れることが出来ます。近代的な先入観を出来るだけ取り去って、古に思いを馳せられたら面白いのではないでしょうか。

 先代の研究者の方々が作り上げた、かたちを中心とした研究を踏まえながら、私たちは「なぜ、そのような表現をされたのか」という問題へのアプローチを試みています。

 この「かたちの意味」へのアプローチは今始まったばかりです。このような研究の成果を「どのようにして皆さんに還元していくか」が学芸員の大切な使命の一つです。

 このブログはその試みの一つだという意識で開設しております。皆さんに面白いと思っていただければ、ますます美術館・博物館の発展にもつながっていくと考えています。そうような意図が、このブログには込められていると言えます。

 また、私個人としては学芸員として必要になる、皆さんにの「面白いと思っていただけるようなプレゼンの能力」の向上につながることを願ってもいます。何か感じたこと、指摘などがあれば遠慮なくどんどんアドバイスを書き込んでいただければ幸いです。

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2006年01月18日

「かたち」から隠された意味を読む。

 構図の話はそろそろ終えましょう。

 今回は「かたち」について考えてみましょう。

 たとえば、仏画について観てみますと、仏さま一人一人は形によって名前を区別されています。一例を挙げてみますと「何とか如来」とか「何とか菩薩」ってありますね。

 下のリンク先(立体像の写真になると著作権が絡んできますのでリンクにさせていただきます)になっているのは有名な神護寺の薬師如来です。写真家土門拳もほれ込んでいたそうです。

神護寺薬師はここ
 
 基本的には「如来」とは釈迦の悟りを開いた後の姿だとされます。だから、粗末な身なりなのです。大日如来だけは着飾ってますが、これは密教独特の如来だそうで特別だそうです。


一方で「菩薩」と呼ばれる像は衣装をきらびやかに着飾っています。菩薩は釈迦の出家する前の王子様の頃の姿だそうでまだ悟りを開いてないためだそうです。

 hugen.jpg

 これは伊藤若冲の普賢「菩薩」です。見てのとおり派手ですね。きらびやかです。もう一つ。象に乗っていますね。これも普賢菩薩の特徴です。乗っていない例もありますが、釈迦と文殊菩薩とセットのとき大体象に乗っています。これも一つのかたちですね。

 takao.jpg

 これは高雄観楓図です。ここには紅葉(楓)が描かれています。高雄と言えば紅葉。紅葉と言えば高雄。と言われるほど有名だそうです。ここに描かれている紅葉が「名所高雄」です。と私たちに訴えているんです。

 高雄の紅葉はこちら

 季節外れですが、今見ても高雄の紅葉はきれいですね。来年の秋に訪れてみたいものです。

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2006年01月17日

「神奈川沖浪裏」『富嶽三十六景』―絵に隠されたイメージ

 まだ、構図のお話をしているんですがあまり関係のないタイトルにしてしまいました。このタイトルのほうが「面白いかな」と思ったためです。下の絵を観てください。

 fugaku19.jpg

 波が荒々しく描かれています。その中に二隻だか三隻だかの小船が荒波に遊ばれています。さらにその奥には小さな富士山が描かれています。この富士山は小さいですが一度この富士山に気づいてしまうと、そちらに視線が吸い込まれていってしまいますね。

 さて、まずはこの荒波について観てみましょう。

 江戸時代の人たちはこの荒波をどう見ていたのでしょうか。江戸時代の初めごろから、龍と荒波がセットで描かれるようになってきます。「荒波は龍が起こすんだ」と。波濤図なんかもその仲間かもしれませんね。

 そこで北斎のこの荒波のかたちを観てみますと、どうやら、龍とセットで描かれるときのかたちと同じ波のかたちのようです。どういうことでしょうか?

 「龍と荒波」のセット同様に「富士山と龍」もセットと考えられていたようです。そこで、江戸の人は富士山→龍→波というような連想ゲーム。つまり、「富士山と荒波」から見えない龍の姿をイメージしていたわけです。こんな感じで。

 emod02.jpg

 江戸時代には神奈川沖のこの場所の波が高いのは龍によるもので、富士山とセットで名物だったのではないでしょうか。

 次に、透視遠近法についてです。先回記しましたので詳しいことは記しませんが、この絵の中の透視遠近法は「手前の大波と富士山」の関係です。手前の大波は大きく奥の富士山は小さく。まさに先回記した奥村政信の浮絵のようですね。

 その奥村政信は透視遠近法のパイオニア的存在なのです。奥村の30から40年後に北斎が登場したわけです。当時の江戸は豊かで町人に根ざした小説だとか歌舞伎や狂言とか言った文化が盛んでした。

 その町人の文化の好みに合わせるように「大げさで刺激的な」絵を町絵師たちは描きました。この町絵師の対極にあるのが狩野派です。

 最後に。富嶽三十六景の「富嶽」とは多分富士山のことでしょう。つまり、富士山にまつわる三十六の景色ということです。富士山の絵を「だれが欲しがったのか」を考えるとこの絵の意味が分かってきそうです。

 欲しがっ人たちの多くは富士山信仰の信者で、当時富士山詣がはやっていたようです。そういった、背景のもとにこの絵が描かれたのでしょう。

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2006年01月15日

芝居狂言顔見世大浮絵―空間を意識しました。

 今日は「芝居顔見世大浮絵」を観てみましょう。筆者は奥村政信という人です。1740年代に作られた絵だということです。

 ナ居狂言顔見世浮絵.jpg

 1740年頃ってどんな時代だったんでしょう。江戸時代は「暴れん坊将軍」の頃です。徳川吉宗ですね。質素倹約を奨励したことでも良く知られています。

 その頃にこの絵は作られました。絵を観てください。

 遠近にすごく気を使っていることが分かりますね。この遠近法は実は西洋の透視図法という描き方を使っているのです。長く、地平線まで続いている道を想像してみてください。その道は遥か彼方で一点で交わりますね。

 その描き方がこの絵の中で使われています。

 こういう見方とか描き方は西洋からやってきたのです。当時江戸幕府はヨーロッパはオランダとだけ貿易を許していました。そのオランダから西洋絵画と一緒に伝えられたのでしょう。

 政信の頃からこの描き方が取り入れられたそうです。当時の日本の絵師たちが外国の絵画を勉強していたことは意外に思えて面白いのではないでしょうか。

 当時、この遠近法は「浮絵」と呼ばれて人々に面白がられていました。そのためかどうかは知りませんが、やや、その遠近を大袈裟に描くのもこの頃の特徴です。「浮絵」の構図は北斎など後の絵師たちの絵画にも取り入れられています。

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2006年01月14日

松林図―墨一色?

 先回予告した葛飾北斎は今しばらくお待ちくださいませ。北斎について他用にて調べる必要が出てきましたので。

 今回は「松林図」長谷川等伯の国宝になっている作品です。今東京国立博物館で展示されています。東京国立博物館はこちら

 sholinalls.jpg

 この絵が評価されるようになったのはごく近年のことで、ヨーロッパの人が「スバラスィヨ」と言ったからだそうです。ヨーロッパ人がいいというのなら「いいもの」なんだろうな。と思って国宝になったそうです。

 作品の下絵のような気もしないことはないですが、国宝なので評価したいと思います。有名ですから。絵は霧を表現してますが私には不思議と透明感も感じます。これは私の感性なので気にしないでくださいね。

 この絵は「水墨画」でしょうね。水墨画っていうのは宋時代に中国で盛んに描かれた描き方です。それ以前の遣唐使で有名な「唐」とかそういった時代にもかかれなかったわけではないですが、宋の時代に隆盛を誇りました。

 「墨」で描かれるものを水墨画と思いがちですが、本場の中国の絵画を見てみると実は着色が施してあるものが多いのです。ですから、純粋に「水墨画」というような意識で描かれるようになったのは日本においてなのかも知れません。

 「墨」って便利なもので水で薄めるだけでどんな濃さにでも出来ます。長谷川等伯の「松林図」では霧の中の松の木々を墨の「濃い薄い」で描くことで絵の中に奥行きを表しています。

 墨を使って描くのは中国から古くは遣隋使とか遣唐使とかそれ以前の渡来人によって伝えられたのかもしれません。水墨を使って描く方法は時代とともにどんどんと発展していきます。それをアップデートするのが中国に勉強に行っていた僧侶でした。

 だから、日本では禅宗で水墨画が良く描かれたわけです。この絵を描いた長谷川等伯は実は雪舟の孫弟子だそうです。等伯の絵を良く見ていると、雪舟に対する尊敬の念が伝わってきませんか?

 所々に、「私は雪舟の筆遣いを勉強したのだぞ!」という部分が出てきたりします。それは実物を観ながら発見してください。絵を観ることいろんな発見をすることでもあります。

 何かを発見した時にはとても「さわやか」な「晴れ晴れと」した気分になる時があります。そういう瞬間に出来るだけたくさん出会ってください。

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 次回は「上杉本 洛中洛外図」か「芝居狂言顔見世大浮絵」について考えましょう。
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2006年01月13日

絵画の基本知識―構図―燕子花図屏風

 明日は忙しくなりそうなのでこの時間に更新しておきます。先回の続きになります。

 国宝の尾形光琳の燕子花図(東京・根津美術館蔵)を観てみましょう。

 根津美術館

 興味があればぜひお訪ねくださいませ。

 この絵が描かれたのは江戸時代の初めのころですね。尾形光琳の詳しい解説は以後に掲載すると思われます、紅白梅図屏風の時に調べておきます。

 この作品は『伊勢物語』の一節をテーマにした作品だそうです。伊勢物語って覚えていますか?そう、在原業平が主人公だというあのプレイボーイのお話です。尾形光琳は結構こういう古典的な題材を扱った絵画をします。

 何も尾形光琳が好んで描いたというだけではなく、このころの流行がそこにはあるようです。「○○という古典を扱った題材を描いて欲しい。その際にはここをこうしてああして」といろいろ依頼者が画家に注文をつけるわけです。

 そういう依頼者をわれわれの業界では「パトロン」といいます。昔の文化人っていうのはお金持ちで、「お金持ちはお金を使わないといけない」という正義があったそうです。今とはずいぶん違いますね。やっぱり当時はお金持ちは代々のものでそういう思想が家の中で出来ていたんでしょう。

 この作品を現代人の我々が何の知識もなく観た時に「まったく意味が分からない」ということになってしまいます。分かるのは一部の学者だけ。けれども、昔の文化人たちはこれを見ると「あ、八橋か!」という風に連想されるわけです。

 だから、この作品のように一切の物語要素を省略して燕子花だけを画面にドカンと置いても観るやつが観れば分かったわけなんです。

 さらにもう一つ。このように、描くものを絞って、他を省略して背景を描き残したかのような表現は「余白」といわれて、観る人の心に落ち着きとか安心とか余韻とかいったものを残してくれます。

 この尾形光琳の燕子花図は3ヶ月か4ヶ月前に東京の根津美術館で公開されていたので多分、次に見られるのは一年以上後のことになるのではないでしょうか。公開の情報が分かったらまた掲載しますね。

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次回は葛飾北斎「神奈川沖浪裏」『富嶽三十六景』よりです。
posted by にわか at 00:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 絵画の基本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月12日

はじめに

 今日から数日かけて、なぜ絵を観るのに知識が必要なのかについて少し記しておきたいと思います。ここで私が記すことはやや退屈かもしれませんが、「なぜ?」と思われた方々は軽く目を通していただけるとうれしいです。

 そこで、「なぜ知識が必要なのか」

 についてですが、「単に色やかたちの美しさで目を楽しませることだけが美術作品の役割ではない」と私は考えているからです。

 たとえば、絵画も彫刻も同じですが、実はたくさんの約束事で成り立っているのです。色やかたちの美しさだけを評価することはむしろごく近代に作られた新しい価値観なのです。

 そこで、今日は「絵画を読む」ことを勉強してみましょう。

 一つ目は「構図」です。

 美術の世界で構図とは画面の組み立てることをいいます。構図は絵画表現の性格を形成する基本的なものです。

 描く人は一つの絵を描く時に、「何を描くか、何を描かないか」を決めて、描くものをどう配置するかを全体のバランスや色、遠近、明るさなどで決めていきます。

 たとえば、「源氏物語絵巻」はご存知ですね。

kokuhou032.jpg

 わずか高さ20pの画面にどうやって描くのか。この悩みを解決するために考え出された構図がこの中に描かれている「吹抜屋台」という屋根を取り去って家の中を上からのぞくような構図です。

 さらに、斜めの線を強調させると、全体を斜線が支配するようになります。そう表現することで狭い画面に奥行きを表現することができるようになりました。

〈参考文献〉
西岡文彦「絵画の読み方」洋泉社 1999
島田紀夫「絵画の知識百科」主婦と生活社
 
 
 今日はこのへんにしておきましょう。明日は「燕子花図」「富嶽三十六景色」「松林図」「洛中洛外図」「芝居狂言舞台顔見世大浮絵」を取り上げて、構図について勉強してみましょう。

 なお、もうすぐ尾形光琳の「紅白梅図屏風」が展示されますので、平行して勉強しております。乞うご期待。

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posted by にわか at 11:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 絵画の基本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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